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岡山簡易裁判所 昭和40年(ハ)361号 判決

原告 雨坪豊子

右訴訟代理人弁護士 古田進

被告 伊原勝義

主文

被告は原告に対し金一〇万円およびこれに対する昭和四〇年一〇月四日以降完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、請求原因として

原告は、被告が昭和四〇年五月二七日原告を受取人として振出した金額一〇万円、満期昭和四〇年七月三一日、振出地、支払地とも岡山市、支払場所原告方なる約束手形を被告から交付を受け、現にこれが所持人である。原告は満期に支払場所で右手形を呈示したが、被告はその支払をしない。よって右手形金およびこれに対する支払命令送達日の翌日以降完済にいたるまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、右手形は原告が被告に右金員を貸付け、その支払確保のため受取ったものであるところ、原告が被告主張のとおり利息を受取ったとしても、被告主張の抗弁は理由がない。すなわち被告主張の消費貸借の成立当時頃、被告は金融業者に勤務していたが、原告からは月三分五厘の利息で融資を受け、これを他へ月六分の利息で貸付け、その差額月二分五厘の利鞘を稼いでいたものである。ところで利息制限法所定の制限超過利息を任意支払った場合これが元本に充当されるか否かについて、最高裁判所当初非充当説を採っていたが、昭和三九月一一月一八日にいたり充当説を採るにいたった。これは経済的弱者である借主を保護せんがためであるが、本件のように被告が金借したものを他へ融資し、その間の利鞘を稼ぐことを目的とした場合被告は右判決にいう保護さるべき債務者に当らない。これを実質的にみても、小口金融を得たい真の債務者から見るとき、被告は原告と同じ債権者的立場にあるというべきだからである。

と述べ(た。)証拠≪省略≫

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として

原告主張の約束手形は、被告が昭和三五年一二月一二日原告から金一〇万円を、利息月三分五厘の約定で借受け、その支払確保のため振出したものであるところ、右約定利息は利息制限法所定の制限率年一割八分を著しく超過している。

しかして被告は原告に対し昭和三六年一月一八日から昭和三九年五月六日までの間に四一回にわたり合計金一四万一、七五〇円を支払っているが、これを右制限利率の割合で計算すると金三万一、九六〇円となり、右支払額は元本一〇万円のほか右法定利息を完済してなお金九、七九〇円を過払している計算となる。それ故原告主張の手形は、原因債権が存在せず、本訴請求は失当である。

なお被告は、原告主張のとおり本件借入金を他へ融資したものであるが、借入金の使途いかんにかかわらず、利息制限法の制限超過の利息契約は法律上無効であることに変りはない。と述べ(た。)証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四〇年五月二七日原告主張の約束手形を振出したことが認められ、原告が現に右手形の所持人であることは、被告の敢て争わないところと認められる。しかして右手形金請求の支払命令が昭和四〇年一〇月三日被告に送達されたことは本件記録編綴の郵便送達報告書により明らかである。そうすると、右手形金およびこれに対する支払命令送達の翌日である昭和四〇年一〇月四日以降完済にいたるまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴各請求は被告主張の抗弁が採用されない限り理由がある筋合にある。

そこで被告の抗弁の当否について検討するに、被告は右手形を貸金の支払確保のため振出したものであるところ、被告主張のように利息制限法の制限超過利息を支払っており、制限超過利息を元本に充てると、元本も完済され過払になっていると主張する。しかして原告本人尋問の結果によれば、本件手形の原因関係である消費貸借の金員、その約定利息、および利息の受授期間等は大体において被告の主張事実に符合する供述をしており、原告が相当期間被告から制限超過利息を受領してきたのは事実と認められる。

ところで制限超過利息を任意支払った場合、超過分が元本に充当されるか否かを考えるに、利息制限法一条二項に「債務者が超過部分を任意に支払ったときはその返還を請求しえない」との趣旨の規定があることからみて、最高裁判所が当初非充当説を採ったのも首肯しうることであり、その后充当説が採られるにいたったが、なお反対意見が相当数あることも事実である。最高裁判所の多数意見が充当説を採るにいたったのは、経済的弱者である小口借主たる債務者保護の必要があるとの一点につきる。ところが本件消費貸借においては、被告本人尋問の結果によって明らかなように、被告は原告から月三分五厘の利息で金借し、これを他へ月六分の利息で融資し、その間の利鞘を稼いでいたものである。

このような立場の借主である被告を経済的弱者として保護する必要がどこにあろう。この点は原告主張のとおり、真に小口金融をえたい借主からみるとき、被告も亦高利の貸金業者に過ぎないのであるから、前記充当説によって保護さるべき債務者から除外さるべきであると考える。しかして被告から融資をえた者が逃亡し、あるいは倒産し、その結果被告が困窮する立場になったとしてもそれは被告の不明、不運のいたすところであり、その故をもって被告を前記保護さるべき債務者に含むとすることはできず、したがって被告は任意支払った制限超過利息が元本に充当されたことを主張しえない筋合にある。

しかも被告本人尋問の結果によれば、被告が原告に対し最終に利息を支払ったのは昭和三九年五月であるが、その后は一切の利払をなさず、原告から要請があって被告は責任を感じ、昭和四〇年五月二七日に右貸金支払のため本件約束手形を振出したというのであり、本件訴訟になって始めて制限超過利息の元本充当を主張するにいたったというのである。このような経緯から考えると、被告主張の抗弁は信義則上からも是認さるべきではないと考える。

以上の次第であるから、被告主張の抗弁は、充当関係の数字的正否を検討するまでもなく採用しえず、本訴各請求は正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条二項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富田力太郎)

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